9月3日 (金)  京都奈良と飛び回る

今日は午後から本山で少年連盟史(明治から現代までの少年教化変遷史)の編纂校閲委員会があり私も立ち会うようにとのことで出席しました。
偉い先生方が並ばれ発刊前の最後の校閲作業、私は初めての出席、ただ黙って熱く戦わされる議論を見守るだけ。
何百ページにも及ぶゲラ刷り原稿から、様々な指摘がなされ、ページを追うだけで疲れてしまいました。
夕方には奈良の三木先生の勉強会に引き続きダッシュで移動し出席。
先生からは「えらい、背広着てネクタイまで締めて、どないしたんや?また本山か?ご苦労なこっちゃな」と労いとも揶揄とも、頭カキカキ「面目ありません」と遅刻した言い訳をする始末でした。
本山の会議では、今から半世紀前はお寺の日曜学校も、「大東亜共栄圏のために戦おう」と幼子にお釈迦様が涙されるようなことを、勧めた時代があったことを資料の上から、逃れられない事実であることに目を向けさせられ、真剣に反省しこれからの時代に決してそのようなことがあってはならないと心新たにしました。
奈良の勉強会では「橋のない川」の原作者、住井すえさんについての話を三木先生から聞かされ、私の心の奥底に潜む、差別心について考えさせられました。
今回はどちらも、あまりにも重い課題ばかりで、グッタリ疲れて帰ってきました。