5月19日 (木)  被災地へ走る

今から20年程前、正尊寺のお参りを手伝ってくれた若い僧侶の中に仙台宮城野区の専能寺の若さんがいた。
先般の東日本大震災で津波の被害で大打撃を受けた事を知って居た、http://shosonji.sakura.ne.jp/diary.cgi?mode=popup&y=2011&m=3&d=14直接伺ってお見舞いをしたいと思い続け、交通状況が良くなったら行こうと考えていた。
連休も過ぎ諸行事の合間、時間は今週しかなかった、火水と法要を開け東北に走る段取り、お土産アイテムも揃え準備万端していたところに緊急事態、予定変更を余儀なくされた。
日程を0泊三日の行程に組み直し、T院代も運転手として同行願い、初七日法要を終えた昨日午後6時過ぎ仙台に向かい出発した。
北関東道路が全線開通しいて、思ったより早く栃木県に入ったので、宇都宮の健康ランドで仮眠がとれ、肉体的に助かった。
朝一番、健康ランドを出発すると、カーナビの画面に本山でお世話になった観専寺の名前が現れ、門前を素通りはご無礼と思い、お朝事かわりにご挨拶、栃木県の震災状況をチェックもし陸奥に足を踏み入れた。

仙台市宮城野区蒲生、想像を絶する世界が広がっていた。
うちが世話になった今のご住職はお参り中で不在だったが、お母さんと前ご住職とはお会いできお見舞いを渡す事ができた。
眼前に広がる被災状況と聞かされるその時の話、励ます言葉を見出せなかった。
今回の訪問は、お見舞いを言うだけの日程しかない、ボランティアで働いている人達の目線を気にしながら、専能寺を後にし松島へ向かった。

同行のWさんもご縁のある伊達家古刹の円通寺(ここは全く被害がなかった)、泉区の親戚へとお見舞を済ませ帰路に着いた。
ただ、帰り掛け寄った須賀川市のS誓寺、屋根瓦は落ち境内建物は全半壊、その被害の甚大さに言葉を失った。
原発以外マスコミにはほとんど取り上げられていない福島県の震災被害、びっくりする程で実際に自分の目で見る事の大事さ思い知らされた。

ゴミ一つ片付けることもせず、駆け巡った東北の被災地、0泊三日1600km、無事未明に多くの収穫を得て帰ってきた。

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コメント 〈 http://9108.teacup.com/shosonji/bbs 〉
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