Diary 2004. 2
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2月5日 (木)  青年布教使の研修会

昨日午後から岐阜別院で青年布教使の研修会がありました。
私は45才以上で青年とは見なされず(本人の気持ちは20代だが)、対象外なのだが、講師に宮崎幸枝先生が来られると聞いていたので、午前中の法事を済ませ、ダッシュ(開会式には間に合わなかったが)で別院へ行き聴講しました。
宮崎先生は昨年7月、正尊寺であった中川北組の研修会に来て頂いた先生で、東京の病院の院長さんです。病院で患者さんや看護師さんと共に法座を開いたりして、親鸞聖人のお念仏を大変喜び実践されておられる方です。
今回もその現場でのお話で、本当に有り難く聞かせて頂き、「よっし、私も自信を持って頑張ろう」という、エネルギーを注入されてきました。
当初は1日目のお話だけ聞こうと思っていましたが、素晴らしい話だったので今日の午前中も時間を工面し最後まで参加してしまいました。
関東では病院の入院患者さんのほとんどが、仏教の話なんか聞いたことが無く、ましてや親鸞聖人なぞ知るよしもない人たちでありながら、その中から今ではお念仏を称え、死の恐怖を乗り越え、生き生きとしている人が一杯おられるそうです。
本物の話を聞かせてもらったな、と嬉しく思いました。
しかし、他県から来られた青年布教使の中には、先生のお話に懐疑的かつ否定的な意見のをいわれる方もあり、さびしい想いをさせられたのがちょっと残念でした。

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2月3日 (火)  勝如上人御影が下付されました

先日、ご本山から電話があり昨年夏に申請をしていた、前門様、勝如上人の御影(本堂内陣の阿弥陀様の左にかける掛け軸)ができあがりましたので授与式に来て下さいと連絡をもらいました。
ちょうど今日は法事もなく都合が着く日でしたので、ご本山にその旨連絡し、坊守と二人で京都のご本山まで行ってきました。
3時から授与式を行うので30分前には来て欲しいと言われ早々と行きましたら、「まだ時間があります、もうしばらくお待ち下さい」と言われ、本山の出版部などを回り時間を調整し、3時ちょうどに受付に行きましたら、「只今準備が出来ました。エレベータで3階の仏間に行ってください」と言われ、そこへ行くと係の方だけで誰もいませんでした。「うちだけですか?」と尋ねると「はい、正尊寺様だけです」という返答。
200人は入れる大きな仏間に、私と坊守の二人だけ、ちょっとさびしいかな!と思いつつ座って待っていると、黒衣五条の式務係のお坊さんが3名入堂され、丁寧な勤行が始まりました。
よく見ると御本尊の前に細長い桐箱が置いてあるではありませんか、と感心しているうちに、「お焼香をどうぞ」後ろの方からまたちがう係の方に声をかけられ、お焼香、香炉の中の灰は富士山の火口のようにきれいに盛ってあり、またまた感心。
お勤めが終わると、桐箱を恭しく掲げて、下陣まで運ばれ、いよいよ私の手元に授与されました。
”こんなにきちんとした授与式があるのなら、総代さんと一緒に来れば良かったかな”
と思いつつ、授与式の終了。
ヤレヤレと思っていたら、可愛らしい女性職員が登場して、「お風呂敷は?」と尋ねられ「面目ない、持っていません・・・」、「では、こちらでお包み致します」とまたまた、恭しく掲げ、一階の事務所まで運び、丁寧に包装しててもらいました。
高速道路をひた走り夜には正尊寺に到着しました。
この御影は、2月15日の「涅槃会」の折り、「御紐解法要」を行い、内陣に掲げる予定です。
ぜひ、門信徒の方々はお参り下さい。

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2月1日 (日)  本日より本巣市

今日2月1日から正尊寺の住所が変わりました。
岐阜県本巣市曽井中島です。
本巣郡の旧、本巣町・糸貫町・真正町・根尾村が合併して、本巣市となり、お寺の隣の役場が市役所となりちょっと都会になった感じです。
しかし、人口3万人強の弱小の市制であり、様々な看板が「町」→「市」に書き換えられただけであまり代わり映えはしません。
ただ、これからは住所を書く時短くて済むので助かりそうです。
これからは、市役所の隣の「正尊寺」として益々気合いを入れて目立っていこうと思っています


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