11月29日 (水) 本部委員会開催される
11月も終わりに近づき、遠隔地のお取越も一段落してきた。これからは近隣の地区事のお取越、今日は大野町岩野地区、軒数の少ない地区である。
時間が無く延び延びになっていた本部委員会(総代会)を今日しかないと、午後3時から開いた。 来たる親鸞聖人750回大遠忌法要に向け、門信徒の理解も深まり、何とか本山・別院・正尊寺の記念事業を推進していく目処が立ってきた。
今日は下水道整備に伴い書院の浴室を増設について協議された。 スクリーンにプロジェクターから映し出したイメージ図面を見ながら、あれやこれやと質問や要望が出され、建設業者も設定され、いよいよ記念事業の第一期としてスタートすることとなった。
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11月26日 (日) 緊急事態
今日は日曜日、朝晩めっきり寒くなってきたので朝からストーブを付け、日曜学校の子どもたちを待っていた。
朝8時を回っても誰も来ない・・・・30分待ってもやっぱり誰も来ない。
母の前坊守から日曜学校を受け継いで27年、子どもたちの学校や地域の行事、お寺の行事と重ならない限り、ずっと毎週行ってきた。 1人2人の時も結構あったが、0人は初めてのことだ。
11月に入り柿の収穫が忙しいのか、いつも車に乗せられやって来る子どもたちの顔が見えなくなった。 先週は女の子2人だけになってしまいチョット心配していたが・・・・・。
正尊寺日曜学校の危機、ここ数年真宗講座など大人の法座の勧誘にエネルギーが偏っていたかもしれない。 これからのお取越にはチラシを作り、日曜学校の勧誘に力を注がなくてはと、この緊急事態に遭遇し反省をした。
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11月25日 (土) 山のお宝
おくどさんの上に珍しいものが乗っていた。 今日、本堂でお勤めする忌明けの法事があるが、そこへお参りに来た親戚の方が持って来てくださった物だ。
藁の隙間から立派な自然薯が顔を覗かせている、落とし芋になる前に写真を撮った。
今年の山は痩せていてクマや猪のエサが無く、里に出没し世間を騒がせている昨今、クマや猪に掘られず良くこれだけ立派に成長したものだと感心した。 それだけに、難儀な場所から掘り起こし、こうしてお寺に持ってきてくださった方の苦労と手間に感謝をし、仏さまにお供えし、味わいながらいただかなければ。
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11月17日 (金) 離郷門徒
かって先祖代々この地に住んでいたが、今は首都圏や都会に家を建て移り住んでいる方々を離郷門徒と呼んでいる。
正尊寺のある字を寺内と呼び、お寺の西には共同墓地がある。 先日、先代の時関西に移り住まれたお宅から 「現住の近くに墓所を移動したいので遷座のお勤めをしておいて欲しい」 と連絡が入ったので、近隣のご法事の帰りにお参りした。 あいにくお花までは準備していなかったので、蝋燭と線香だけでお勤めをした。
平成15年、草ぼうぼうで川原のような足場の悪かった、かつての土葬の埋葬墓地が、コンクリートとアスファルトで区画整理された綺麗な墓地になった。 今回お勤めを依頼されたお宅もその時、土台を作り直し離郷初代のご両親のお墓も直されたばかりだ。
一人でお勤めをしながら、この故郷を生涯終焉の地として、孫子にご縁を繋ごう墓標を建てられた先代の気持ちを察し複雑な思いがよぎった。 しかし、関西と本巣の距離感は致し方ないと考えながら頼まれたお勤めを終えた。
午後は大垣方面のお取越に出かけた。夕方、移動中に携帯が鳴り、坊守の声で・・・ 「明石市の○○さんの奥さんが亡くなったと連絡が入ったが、どうしよう?」 明石と言えば、神戸よりまだ向こう。すぐ伺いますとはいえない距離。しかも明日は週末とても明石まで行き来する時間は作れそうにない、そのように伝えるようにと電話を切った。
この明石のお宅、先代までは隣村に住んでおられた。ご両親の年忌には必ず家族連れで来られ、本堂でご法事を勤めてきた。娘さんは私の長女と同い年で一層の親しみがあっただけに、臨終勤行やお通夜のお勤めが出来ないことに、申し訳ない気持ちで一杯になった。
偶然にも今日は離郷門徒とについて2回も考えさせられた、だが、これから暫くするともっともっと離郷門徒は増えていくだろう。 埋めようのない距離考えさせられた一日だった。
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11月14日 (火) あわただしく本山へ
今日は少年連盟史の編纂会議があった。 事務局から日程の連絡があった時には、すでに一日中お取越の段取りでびっしりスケジュールが埋まっており、欠席しようと思っていたが、今回が編纂委員会としての最後の会議になる予定だと聞かされると心は騒いだ。
前回6日の会議は欠席したが、委員さんや事務局の努力でタイムテーブル通りに進行しており、今回で2校の最終調整とのこと。 午後からのお参り予定のお取越それぞれに電話し日程の変更をお願いし、せめて会議終了間際にでも委員の皆さんにお礼が言いたく、午前中だけお取越にお参りし本山に向かった。
午後3時本山会議室に着くと、朝から続く原稿校正作業の真っ最中、大丈夫かな?と、一瞬不安がよぎった。 今日中に入稿準備ができないと、スケジュールは崩れる・・・・。午後7時頃にやっと原稿の校正が終わり、空白頁を埋める写真選びとレイアウトにさらに時間を費やした。 カラー布袍を着込み気合いの入ったK録事や事務局も最後までよくつき合ってくれた。 おかげで、何とか計画通りに出版に漕ぎ着けられそうだ。
午後9時を回ると駐車場のフェンスがジワジワと閉められていく。 守衛さんに「お疲れさま (^_^)/ 」と声がけと敬礼し、閉まりかかったフェンスを開けてもらい、MP3に変換した天岸先生の第25回真宗講座「お浄土のはたらき」の法話を聴聞しながら、いよいよ心地よく岐阜まで帰って来ることができた。
前々回の会議↓ http://shosonji.sakura.ne.jp/diary.cgi?mode=popup&y=2006&m=10&d=20
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