Diary 2005. 9
メニューに戻る
9月30日 (金)  よく続いたものです

正尊寺ホームページをリニューアルしこの雑記を書き始め丸2年がたちました。
自分でも信じられないことです、三日坊主とは名実とも私の代名詞と確信していただけに、良くここまで続けて来られたものです。習慣とは恐ろしいものでこの頃は、この雑記を付けるために行動開始をすることが多々あります。
そのためにはデジカメは必須アイテムです、小型カメラしか持って行かなかった、昨日の名古屋別院での研修会、あまりの写真の出来が悪いのに腹を立て、今日は最新型の小型デジカメを衝動買いしてしまいました。

写真屋さんにプリントを取りに行き、何気なくデジカメを見て回っていたら、店員さんが
「どのようなカメラをお探しですか」←額に『欲しいぃ〜』という字が表れていたのでしょう
「一眼レフのように電源を入れすぐ撮れ、小さく電池は長持ち、300万画素もあれば充分ですが?」と答えると、即座に
「今どき300万画素CCDは作っていません、500万画素からです、これなんかどうです!」
と渡された、カメラの電源を入れてビックリ、早い!、しかも電池寿命500枚ok、そのうえ薄くて軽い・・・・もう手に入れたいばかりです。
同じようなタイプを何台も並べ、一台ずつ試し撮りし、性能の比較、HPの画像を撮るのに最も適したスペックの物に決定。

これからは、ポケットやカバンの中にこのカメラを忍ばせ、この雑記のためにシャッターチャンスを逃しません。

しかし、この雑記帳の更新が出来るのは、たまにお会いする方から、「いつも見てますよ」と声をかけられること。
そして、
http://pochi21.exblog.jp/
http://blog.goo.ne.jp/mhakusen/
http://mts-r.at.webry.info/
など、張り合う相手が有る。
お互い良い刺激を受け合いながら続けられることです。

皆様ありがとう。

20050930-1.jpg



9月29日 (木)  名古屋別院での研修会

昨日は正尊寺での組内研修会と住職会が5時半に終わり、すぐさま法衣を脱ぎネクタイを締め名古屋へ向かいました。
きのう今日の1泊2日で第2連区(東海北陸の5県)の少年教化指導者が集まって、各県持ち回りで行われる研修会が開催されました。
遠方から皆さんが集まることです、講義の済んだ午後6時半から宿舎のホテルで懇親会が開かれます。
近ごろ名古屋高速が頭に入ったので、高速を乗り継ぎしながら名古屋駅近くまで1時間、アッという間でした、懇親会々場に入ったときちょうど乾杯、間に合いました。
酔っぱらうと調子のでる性格としては、宴会たけなわ、皆が酔っぱらっている最中からその中へ交じるのは、いけません、取り残されたような感じでそのテンションに追いつこうと、ついピッチがあがり悪酔いし楽しくありません。
昨夜は委員長さん方のテーブルで各教区の状況など、聞かせてもらいながら、お互い少年教化のために力を合わせるべく腹を割って話もできました。
お寺の世界の研修会も本心で飾らず語り合えるのはこんな時です、畳の間で膝つき合わせながら、私はこんな世界が大好きです。

そして、今朝午前9時には名古屋別院の研修室に集合、別院の玄関で2人の女性がギターと手風琴のような楽器を操り、えらくハイテンション、しかも異常に愛想良く、歌を歌いながら私たちを迎えてくれる。
??、日程が解っていない中途参加の私は面食らいました。
後からその方たちが、研修会講師というか人形劇の実践をされる『むちゅう座』のプロの団員さんであると解りました、さすがプロおおいに納得したことです。
あっという間の3時間、子供たちの心を掴むだけでなく、子供たちの創造性を引き出すことのできる、「ものに(アイテム)、ものを言わせる(想像力で生きものに変える)」人形劇をする姿勢から、いろいろ学ばせてもらいました。

今日の研修会で、私の頭の中の引出に新しいアイテムが増えたよう、これをどう実践で生かすか、またまた、思いを巡らす楽しみができた事です。

20050929-1.jpg 20050929-2.jpg



9月28日 (水)  中川北組の研修会

今日は、中川北組門信徒会運動研修会が岡崎の明願寺ご住職松野尾慈音先生をご講師に招き正尊寺で開かれました。
午前10時半からお昼までは、僧侶研修と云うことで午後からの講義の要約で今お寺の置かれた状況や、どの様にすると元気なお寺に成りうるか、先生の組内やお寺の活動を通し示唆を受けました。
松野尾先生は私が25年前、本願寺伝道院で教えを受けた先生のご子息で、さすがと頭の下がることばかりでした。
午後からは40名程各寺院の代表としてご門徒が本堂に集まられ、熱心に先生の問題提起のお話を聞き、グループ分けされた方々が車座になり話し合い法座の形式で各参加者の意見交換をしました。
その中でご門徒の方々からも、お寺が元気になるためにいろいろと考えておられる意見をお聞きし、それをまとめる形で松野尾先生から具体的アイデアの提示がなされ、いよいよ頑張らなければ、きのうとは違ったやる気も頂いたことです。

20050928-1.jpg 20050928-2.jpg 20050928-3.jpg



9月27日 (火)  なぜこんなに動くのか?

一昨日別院のMさんから電話で、「27日教区広報紙『念仏の声』の取材に京都に行くのでカメラを持って一緒に行ってもらえませんか?」とのこと。
法要帳を見ると、朝の間にどうしても行かなけばならないお参りが一軒だけ、それを済ませ10時別院集合ならokと、受け合ってしまいました。

『念仏の声』は私が広報部長を当てられたとき、紙面を全面リニューアルし、定期に岐阜教区内全門信徒に届くよう宅配便で各お寺に直接お届けするよう頑張った、思い入れのある広報誌です。
今は部長も降ろされ一編集委員ですが、これから7年間親鸞聖人の御遠忌まで、聖人のみ跡をしたい御旧跡を毎回特集して行こうと編集方針が決められ、今日はその第一回目の取材と云うことで、胸躍るものがありました。

今日は日野誕生院・本山・六角堂・青蓮院・吉水草庵、すべて行ったこととはありますが、広報誌に載せるような写真は意外と撮っていないものです、行くところ行くところでカメラを構えながらあっち行ったりこっち行ったり、時にはとなりのビルのエレベーターに載り高所からの構図で撮ったり、思ったより時間がかかりました。
知恩院まで行った頃には閉門時間、境内に入りことも出来ず、今日一日で京都のご開山の御旧跡全部カメラに納めるつもりが、宿題をかなり残しました。
これはなかなか大変だとあらためて思いましたが、これから数年かけ、日本中のご開山の御旧跡を再び回る機会に恵まれるかと思うと、ワクワクせずにはおれません。

休息する時間を惜しんで動き回ります、年2回ご門徒の皆様のお手元にお届けする教区報『念仏の声』楽しみに待っててください。

20050927-1.jpg 20050927-2.jpg



9月26日 (月)  今日は連研第4回目

お彼岸が終わってやれやれとは行かない、今日は夜から中川北組の連研、中野の最乗寺さんで行われました。
参加者23名連休と選挙のすぐ後にしてはまあまあの出席者かなと思いつつ進行、私の担当仏事作法では『お仏壇』についてお話ししました。
ただ、参加者の中から「午後10時に家に帰れるくらいに終わってもらえたら」という意見もあり、それぞれの担当少しずつ時短をしようと云うことで、早めに切り上げ定刻の10分前には終了、やっと今日一日が終わりやれやれです。

20050926-1.jpg 20050926-2.jpg 20050926-3.gif



9月25日 (日)  彼岸永代経終了

秋の彼岸永代経(ひがんえいたいきょう)も無事終了しました。
今年は3連休、大勢のお参りを期待しまいたが残念でした、100名以上のお参りで本堂の椅子がほぼ埋まったのは24日だけで、あとは空席が目立ちました。。休日ということで若い親さんが子どもを連れてのお参り多少増えていましたが、選挙に運動会と世上は騒がしく本堂のお参りは例年より下回りました。
永代経のためにせっかく空けてあったのに、8月後半の葬儀続きの皺寄せで、毎日忌明けの法事で埋め尽くされてしまいました。この3日間、本堂でお勤めを済ませダッシュで法事に出かけると云うことを5回繰り返しました。
さすがに体力も気力も限界、彼岸永代経という法座がともすると消化行事のように動いてしまいました。
一番陥ってはいけな事だと戒めている、消化行事として法座をすること、お聴聞に来たお参りの方と共に聞かせてもらう姿勢の欠落をご門徒の方に見透かされていたように思いました。
選挙や運動会が原因ではない、住職のモチベーションの低下がそのまま参詣者の減少へと繋がった、間違いありません、申し訳ないことです。

これから年齢と共に体力気力が低下することでしょう、これを補うためにまた何か仕組みを考えねばと、反省したことです。

ただ、3連休ということで、頭の毛を逆立て生意気盛りになってきた中学3年生の新発意(しんぼち:お寺の跡継ぎ)ですが全座出勤することができました。前住職・現住職・新発意とそろい踏みで3日間お勤めする・・・これから先何度あるだろなと考えたことでした。

今回もお庫裏の暑いお勝手で、汗を拭き拭きお斎(とき)の準備をしてくださった、近在の方々お疲れ様でした。
ありがとうございました。

20050925-1.jpg 20050925-2.jpg 20050925-3.jpg



9月24日 (土)  永代経の開闢法要

今日は彼岸永代経のなか日、開闢法要が勤まりました。
今回はちょうど連休にも当たり、ご家族連れでの参詣が多く37名の方のお斎でお座敷はグツグツになってしましました。
もう少し広い庫裏だとゆったりご接待できるのに、せっかくお参り下さった方々には申し訳ないと思ったことです。

ともあれ、残すはあと1日、明日は日曜日ですご家族揃ってのお参りお待ちしております。

20050924-1.jpg 20050924-2.jpg 20050924-3.jpg



9月23日 (金)  お彼岸始まる

今日はお彼岸のお中日、今日から3日間の秋彼岸永代経法要が始まりました。
いま本巣市は市政になり初めての市会議員選挙運動期間、選挙カーが「この度立候補した○△でぇ〜す、宜しくお願いしまぁ〜す」の連呼が響き渡る中、正尊寺も負けてはおれません、法要開始30分前に太鼓堂の雨戸を開け太鼓を打ち鳴らします。
初日の今日はいま一歩お参りの出足がいけません、本堂の中は空席が一杯、ご講師の袋田先生力の入ったご法話に申し訳なく思うことです。

だ、明日・明後日と土日とお休みが続きます、ご家族連れ添って仏教週間締めくくりの週末、正尊寺へご参集下さい。

20050923-1.jpg 20050923-2.jpg 20050923-3.jpg



9月21日 (水)  京都の表具屋さん

きのう京都の鷲見法衣仏具店が襖を運んできましたが、今日は別便で表具屋さんがお弟子さんを連れ京都からやって来ました。
修復から3年目でトラブッただけに、京都の職人の意地と言いますか、立て付けから結構な時間をかけ入念に仕事をしていきました。
下陣と内陣余間との境、鳳凰と孔雀の絵が戻りました。100年ほど前に書かれたもので、4代ほど前から何万人というお同行がこの絵を目の隅に入れながら、お念仏したのだなぁ、と思うと大切にお守りをしていかなければ、お彼岸を前に肝に銘じたことです。

20050921-1.jpg 20050921-2.jpg 20050921-3.jpg



9月20日 (火)  お彼岸準備

お彼岸のお中日もあと数日、庫裏はその準備に向け大わらわ。庫裏全体がお斎場になるため、毎日が片付け物との格闘です。
3連休も終わりお参りは一段落、今日は落ち着いて筆を持ち書き物に専念、墨書することが結構あり、途中お客さんや業者さんの出入りがあり、1日がかりになってしまいました。

永代経の法名軸新しく下ろしました、明治29年に第1号が書き始められ、今回第12号の紐解きとなりました。
在職18年、私が手を染めて3幅目になる法名軸、悪筆ながら何となく字配りが板に付き、法名軸として見場は良くなったなぁ〜、と自己満足。
そんな中、お客さんが来られ書き上がった物を見て
「ごえんさん、上手やねぇ〜」と、煽てられるものの、
「そばに寄って1文字ずつ、見たらアカンよ。遠くから全体を眺めるように!」と、たしなめねばならないのも、チョット情けない事でした。悪筆そのものは何ら変わっていないのです。

午後には、5月末京都に修理に出した襖が帰ってきました。今日は仏具屋さんが運んできただけ、明日表具屋さんが立て付けに来るそうです、さすがに京都の仏具屋さんちゃんと責任を持ってフォローしてくれます。
お彼岸には元通りの姿に戻ることでしょう。

20050920-1.jpg 20050920-2.jpg 20050920-3.jpg



| 1 | 2 | 3 |
2005/9
SuMoTuWeThFrSa
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 

前月     翌月